世界最高峰のレース「凱旋門賞」がいよいよ三日後に迫った。
当初出走予定だった英ダービー馬サーパーシー、ヴェルメイユ賞馬マンデシャが今週になって回避を表明したことで、最終的には史上2番目の小頭数となる8頭立てでレースは行われる模様である。
常に定員超過状態の日本のGIと異なり、見込みがなければ他のレースへ回る潔さがいかにも欧州流、といったところか。記念出走や、「あわよくば上位に食い込んで賞金を持ってくるのでは」というスケベ根性丸出しの陣営が少数派なのが良い。だがそれは裏を返せば、出走するのは淘汰を経て舞台に残った馬達が揃ったということであり(明らかに二枚も三枚も落ちる馬は、同厩舎の有力馬のラビット役)、紛れが少なく実力が如実に結果に反映される。ファンにしてみれば興をそそられるであろうが、出走馬陣営にしてみれば恐ろしいことだろう。
今年の凱旋門賞は、ディープインパクトが出走するとあって、競馬サークル外でも関心が高まっている。三冠馬の海外遠征はシンボリルドルフ以来20年ぶり。そのルドルフが目標としながら出走すら叶わなかった凱旋門賞であることが何やら因縁めいているように思える。
確かにディープインパクトの実力の高さは衆目の一致するところである。が、付き纏う不安要素は連日そこかしこで取沙汰されている。
まず一つにローテーション。ディープインパクトはこれまで間隔を開けて使われ、結果を出してきた馬である。しかし今回は宝塚記念以来3ヶ月ぶりの実戦だ。逐一報告される調教過程は「順調」「絶好調」を連呼しているが、調子は絶頂でも勝負勘が戻っているかどうかとなると話は別だ。
少なくとも過去20年の間で、中3ヶ月で凱旋門賞を制した馬はゼロである(ラムタラにしても、キングジョージからは中2ヶ月)。約40年前まで遡ったところでようやく該当馬に行き着くが、その馬は20世紀最強と謳われたシーバードである。その領域にディープインパクトがたどり着いたかどうかについては何とも言えない。
ちなみに、フォア賞→凱旋門賞の連覇はアレッジド以来途絶えた「鬼門」とされているが、フォア賞負け→凱旋門制覇は1992年にスーボティカが達成しているので、ハリケーンランとシロッコにとって向かい風、というわけでもなさそうである。
次に問題なのが、馬場状態。どうやらおフランスではここのところ連日夜間に降雨があるようで、レース当日のロンシャンがパンパンの良馬場になる可能性は高くないだろう。
「ディープは重の宝塚を圧勝したから大丈夫だろう」という声もある。しかし、日本の重馬場とあちらの重馬場ではかなり事情が違う。クッションが効いた地盤は水を吸うとさらに柔らかくなり、球節が埋まるほどにまで悪化するという。つまり、レースで勝ち切るにはさらなる馬力が必要とされるのである。ディープインパクトは切れる末脚を長く使える馬だから直線半ばで売り切れる心配はないにしても、身上である切れ味を活かすことなく終わる(武豊流に言えば「飛ばなかった」)のではないだろうか。
とは言え、馬場条件は各馬一緒。となるとレース結果を占う上で最重要となるファクターは、やはり相手関係か。
下馬評では、今年の凱旋門賞は古馬ビッグ3による三つ巴、となっており、ブックメーカーのオッズにもそれは如実に表れている。
現在のところ一番人気は、ディフェンディングチャンピオンであるハリケーンラン。通算成績は11戦8勝2着3回の連対率100%。前走のフォア賞はシロッコの後塵を拝したものの、明らかに本番前の叩き台で力不足を露呈しての敗戦ではない印象である。主な勝鞍と照らし合わせてみるに、クラシックディスタンスへの適正の高さは全出走馬随一である点からも、王座防衛の可能性は決して低くない。
父が重の鬼モンジュー(この馬もまた凱旋門賞馬)である点から、重馬場も特に問題が無さそうである。しかし気になるのが、この馬が父親と非常に似通った道程を歩んでいる点。父モンジューもまた春にはフランス・アイルランドの両ダービーで主役を張り、秋には凱旋門賞で王座を戴冠。明けて翌年はタターソルズGC快勝→英国で1戦(コロネーションC1着)→キングジョージ制覇、という道のりを経て凱旋門連覇に挑んだものの、4着に終わる。「モンジューの劣化コピー」とまで揶揄される当馬、この尻すぼみっぷりまで継承してしまうのではないかという危惧もある。
もう1頭の有力馬シロッコは今期負け無しの3連勝。正確に言えば、昨年秋のBCターフから4連勝中である。5歳にしてなお盛んであることから晩成馬のようにも思われるが、3歳春にはドイツダービーを圧勝している。生まれ持った高い素質と成長力を兼ね備えた馬であることが分かるだろう。勢いで言えばハリケーンランよりはこちらかもしれない。良重兼用である点も怖いところだ。
だが、過去10年で古馬になって凱旋門賞を制したのはわずかに2頭である。これはひとえに、3歳馬と古馬との斤量差に依るところが大きい。古馬59.5kgに対し、3歳馬は56kgで出走できる。強力な3歳馬にとって、3.5kgはハンデもらいどころか強力なアドバンテージとなって作用する。
��ディープインパクトも当然59.5kgを背負うことになる。軽量馬であるディープインパクトにとって、これがどう働くのか…)
では今年の3歳馬はどうか、というとあまりぱっとしないというのが正直な感想か。英ダービー馬サーパーシーは冒頭で述べたとおり、筋肉痛により回避。愛ダービー馬ディラントーマスは愛チャンピオンS勝利後に早々と陣営が凱旋門賞回避を表明、仏ダービー馬ダルシもまた凱旋門賞を回避したことにより、今年のダービー馬の出走はゼロという珍しいケースになった。さらに言えば、英愛オークス馬アレクサンドローヴァも回避したことで、今年のクラシック馬で出走するのはセントレジャー馬シックスティーズアイコン1頭だけである。しかし、この馬がこのメンツに混じって好走するかどうかは、難しいといったところだろう。
その3歳馬の筆頭と目されているのが、パリ大賞の覇者レイルリンク。ここまで6戦4勝2着1回。前走は凱旋門賞への登竜門とされるニエル賞を快勝し、気を吐いている。が、この馬にしても裏街道を歩き続けてきており、実力に関しては白とも黒とも言いがたい未知数。アレッジド級か否かの試金石、といったところか。
こうした要素を踏まえ、今回ディープインパクトが凱旋門賞を制する確率は厳しく30%強、と予想してみた。ハリケーンランとシロッコのデッドヒートに、直線鋭く差し込むもわずかに届かず2着まで、と想像してみたがどうだろうか。
今年の凱旋門賞は、ディープインパクトのみならず、日本競馬全体にとってのターニングポイントとなるだろう。ここでもしディープがなす術もなく敗れ去ったとしたら、「この大駒をもってしても世界の壁は破れないのか」といった絶望感が漂い、これまでに築き上げてきた矜持と海外への意欲が消沈してしまうのでないか、という不安がある。
逆に勝ちでもしたら、お祭りムードの狂喜の後に、日本競馬が世界に肩を並べられる存在になったという自信が生まれ、なお海外遠征が活性化するのでは……とも思ったけど、「燃え尽き症候群」を発症するのでは、という危惧もまた、ある。
いずれにせよ、10月1日はロンシャンから目が離せなそうである。
しかし、ここまで言っておきながら、アイリッシュウェルズが圧勝しちゃって2着にプライド、とかなったりしたら腰砕けになるんだろうなあ。それはそれで面白いけど。