夢か現か

 新しく何か書こうと、テキストエディッタを起動させる。
 キーボードの上に指を乗せるも、数分経っても最初の一文字が打ち込まれない。
 何を書きたいんだか、さっぱり浮かんでこない。
 もうこの状態が半年以上に亘って続いている。焦燥感とは裏腹に、創作意欲が湧いてこない。
 焦る必要がない事は重々承知だ。プロの物書きではないのだ。趣味で書いてるだけなのだ。しかし、書くことで保っていたアイデンティティが瓦解していくように感じているのも事実だ。
 モニターの前で焦れる俺の後頭部から、不意に声が掛かる。
「まだ何も書けないのか?」
 弾かれたように振り向く。だが、万年床と崩れかかった本の山に埋もれた部屋には、俺以外に誰もいない。
「そんなとこにいねえよ」
 またも背後から声。いや、聞こえるのは俺の中から、か?
「駄目だなあお前は。オチがありきたりだとか、客観的に読んでてつまらないだとか、くだらないことに拘りすぎてるんだよ。違うだろ? 書きたいから書いてるんだろ?」
 声が低く粘っこく、耳の奥に響く。
「俺に代わってみろよ。俺なら呼吸するのと同じくらい当たり前に書き続けてやれるぜ」
 指がキーボードをゆっくり押し下げていく。だが、その指を操っているのは誰だ?
 最初の一文字がディスプレイに浮かんだ。反射的に俺はDelキーで文字を削除する。
 声は消えた。俺は変わらずここにいる。
 だが、その自我をいつまで保っていられるかは分からない。

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