マルゼンスキーはダビスタ96におけるニジンスキー系種牡馬の筆頭格である。
「いや、DS96のニジンスキー直系トップサイアーはラシアンルーブルだろハゲ」「ヤマニンスキーのことも忘れんなよハゲ」「デコ眩しいんだよハゲ」などなど辛辣な意見が飛んできそうだけど、誰がなんと言おうが心のベストテン第一位はマルゼンスキーなんである。競馬を始めたばかりの頃、競馬場内の映像アーカイブ(今もあるかは知らんけど)で1976年朝日杯3歳Sの映像を観てその凄まじさがインプリンティングされちゃったんだから仕方ないんである。生まれて初めての馬券予想的中が、孫のネーハイシーザーが勝った天皇賞・秋というのもなんだか因縁めいている。
鮮烈なインパクトを残したまま8戦全勝でターフを去り種牡馬入りすると、産駒が中央でも地方でも大活躍。とりわけサクラチヨノオーはダービーを制覇し、父の無念を晴らしてみせた。1988年の日本サイアーランキングではノーザンテーストに次ぐ2位(JRAのみの集計では3位)にランクイン。中央地方合算の産駒通算勝利数1,979勝はシンザン(同1,515勝)やトウショウボーイ(同1,813勝)を凌ぐ成績である。BMSとしても数多の優駿を輩出し、現在もなお多くの馬にその血が流れている。